ムンサラット(モンセラート)、ヌリアという女性の名前は
キリスト教の聖地にちなんだ名前なのですが
カタルーニャ地方では1970年代までに生まれた子どもたちには
ある特別な意味合いが込められていたそうです。
すなわちフランコ独裁政権の時代においては
子どもにカタルーニャ語の名前をつけることが禁じられていましたが
上記の名前は聖地の名前であり、
スペイン語でもカタルーニャ語でも同じであったため
好んでカタルーニャ人はつけたのだそうです。
スペインからの独立を問うた住民投票で独立派が多数を占め、
それからしばらく日本でもニュースが報じられていたカタルーニャですが
言語だけでなく、音楽を含むその他の文化においても独自性をもった
この民族の音楽をユニークな切り口でとりあげたアルバムが
リリースされたので、今日はそのご紹介です。
まずは、この2曲の演奏をご覧になってみてください。
「SERRAT // Mediterraneo by Mariana Flores, Cappella Mediterranea & Leonardo Garcia Alarcon」
https://www.youtube.com/watch?v=WZb3Z–F4Uo
「SERRAT // De Vez En Cuando La Vida by Mariana Flores, Cappella Mediterranea」
https://www.youtube.com/watch?v=-B4RuaP7NcY
ほぼノンヴィブラートでうたうマリアナ・フロレスのソプラノと
バロックギター・リュート奏者キート・ガートの編曲がさえわたっていて、
私は一聴して、これらの楽曲が気に入ってしまいました!
これらは、レオナルド・ガルシア・アラルコン率いる
古楽グループ「カペラ・メディテラネア」の新作
『スペイン古楽、ラテン音楽の「いま」と出会う~ホアン・マヌエル・セラから黄金時代へ~』
(De vez en cuando la vida: Music by Joan Manuel Serrat)
からの2曲です。
このアルバム、販売元ナクソス・ジャパンの紹介によると
「カタルーニャ出身の名歌手ホアン(ジュアン)・マヌエル・セラの
ヒットナンバーを、そこにひそむスペイン古楽との親和性を活かしながら
縦横無尽、古楽器集団との精妙なパフォーマンスに昇華してみせた。…
16世紀の黄金時代、18世紀のヴァイスやカバニリェス、
さらにモンポウの「静かな音楽」まで、カタルーニャに軸足を置きながら
ラテンの音楽史をあざやかに見渡す自在なプログラム」
となっているとのこと。
このアルバムの魅力を語るには、私はあまりに浅学であり
うすらボケな間違いもあるかもしれませんが、
大目に見てやっていただければ幸いです。。。
まず、ホアン(ジュアン←カタルーニャ語の発音)・マヌエル・セラとは
いかなる歌手か?です。
1960年代から70年代にかけて、
徐々にカタルーニャ語の使用禁止が緩和されつつあった時代に
スペイン語とカタルーニャ語の両方で歌うようになった
シンガーソングライターの一人で、
「ノバ・カンソー」(新しい歌)運動の中心となったグループ
「アルス・セッザ・ジュッジャス」(十六人の判事)のメンバー。
このグループはひとつのバンドではなく、
それぞれがカタルーニャ語でうたうという目的のために
共通の活動をした、ということだそうです。
次に、このアルバムに寄せたライナーノーツのなかで
アラルコンが述べているセラの歌の魅力について、
私なりにまとめてみます。
上記の私の紹介だと、セラはバリバリのカタルーニャ主義者のように
受け取られてしまうかもしれませんが、
もう少し広い視点で見ていく必要を、アラルコンは説いているように思えました。
それはアラルコン自身(そしてガート、フロレスも同じ)
アルゼンチン出身であることから導き出されたのだと思うのですが
セラのヒット曲が、自分が幼い時(70年代)に
他のクラシック音楽の大家の曲たちと同じように
一般のアルゼンチンの家庭で聞かれていたのは
むしろセラの歌が、広く「ラテン・アメリカン気質」のようなものを
体現していたからだというのです。
セラ自身も独裁政権との対立からスペインを離れた一時期があって
メキシコ、チリ、アルゼンチンと各地を渡り歩くなかで
各地域を代表する詩人たちの詩に新たな音楽の息吹を吹き込むべく
自身の歌にとりあげていったそうで
故郷カタルーニャの歌に対しても、そういった視点は共有されていて
昔日のスペイン黄金時代の格式ばった詩形式を自分の作品に
取り込んできたのは、その証左だというのです。
ところが、セラの存在は、若い世代にはあまり継承されておらず
事実、(若い世代が多い)カペラ・メディテラネアのメンバーたちは
ほとんど彼のことを知らなかったとのこと。
そのような現状に対して、アラルコンは、
おそらくセラが「ラテン・アメリカン気質」を発揮して
取り組んだやり方を、このアルバムに投影させているのでしょう。
セラの歌を、古楽のアンサンブルで
他の時代のカタルーニャにまつわる音楽と並べて聞かせる
というアプローチは、ごく正統なものではないかと述べています。
さて、ここからは私の感想なんですが
最初に紹介した2曲を聞いたときに私が感じたのは
むろん古楽の味わいというのはありましたが
ライ・クーダーの紹介で一世を風靡した
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブと
中南米のフォルクローレがミックスされたような味わいの音楽だな~
ということでした。。。
でもそれは当たらずとも遠からずだったのかもしれません。
アラルコンがいうところの「ラテン・アメリカン気質」を体現した
セラに対するリスペクトが、このサウンドになったのだとすれば
私の素っ頓狂なたとえも許されるんじゃないかと思ったからです。
最後に余談じみたお話をひとつ。。。
日曜の夜、見始めると、ずーっと気なしに見てしまう番組があって
それが「モヤさま」なんですが
ちょっと前に2回にわたって、バルセロナを訪ねる回が
放映されていました。
割としっかり見ていたので覚えているのですが、
興味深いシーンの1つに、サルダナという民族舞踏を踊る
というのがありました。
「Traditional Sardana Dance in Barcelona」
https://www.youtube.com/watch?v=V0Fkgypp_EQ
市街地中心の広場で、一般の市民が手をつなぎ、輪になって、
比較的地味な動きなのですが、よくよく見ると複雑なステップのようにも見える
踊りを黙々と踊っているのです。
誰でも踊りの輪に入れるというので、
さまーずの大竹さんがその輪に加わって踊ります。
面白かったのは、彼がその踊りに熱中してしまったところです。
今日の日記で、冒頭の女性の名前や「ノバ・カンソー」のところで
多くを引用させていただいた
『カタルーニャを知る事典』の著者である田澤耕さんの言葉を引用しますと
「黙々と踊るサルダナは、激しく情熱的な、あるいは怨念のこもったような
フラメンコの踊りとは大違いである。さらに、フラメンコが踊り手一人が
注目を集めることの多いのに対し、サルダナには誰一人突出した踊り手は
おらず、皆の役割が均等である。」
田澤さんは、そんなサルダナは、とてもカタルーニャ的だ
とおっしゃるのですが、
「閉じているようで、実は開放的な」カタルーニャ文化の魅力に
取り込まれると、意外な情熱を発揮してしまうということでいえば
大竹さんと私は同じなのかもしれないな~なんて思ったのでした。。。
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