映画沖縄決戦 1971年公開
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映画は数多くのエピソードをぶつ切りに織り交ぜつつ沖縄戦の全貌を描いた作品。
レーザーディスク盤も所有しているのだがしまいこんであるので写真は撮らなかった。
最近ではBlu-ray盤もあるようだ。
仲代達也が演じた八原大佐がかなり細かく描かれている。
それ以前に何度か映画化されていた「ひめゆり女子学生」のエピソードも繰り返して描かれている。
日本軍が日本国民を守る軍隊ではなく「国体」を守るための軍隊だったと言うことが、沖縄県と言う日本の土地での戦闘で明白になったが本土上陸の前に降伏したのでこの悲劇が他県で繰り返されることはなかった。
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第32軍の高級参謀だった八原博通陸軍大佐の手記の発行は1972年。
沖縄の返還も1972年。
手記「沖縄決戦」は長きに渡って絶版状態で入手困難だったときに英訳版を購入して読んだ。 その後文庫版として再販され、いまでは普通に入手可能になった。
沖縄出身の漫画家で沖縄戦を描き続けている新里堅進も「沖縄決戦」というそのものずばりの作品を描いた。
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私は沖縄出身ではないし親戚がいるわけでもないのだが、子供心に沖縄戦は深く刻まれている。
映画沖縄決戦も公開時に親に連れられて観にいった。 もちろん望んで観にいったわけはなく文字通り親に連れられていった。 小学生には刺激が強く、「沖縄戦」 は子供の心に深く刻まれて残ることになった。
さらに初めての海外旅行は返還される前の沖縄だった。 アメリカ軍が統治していたのでパスポートが必要。 当時はまだ海外旅行は特別なことでなんだか忘れたけど予防接種も必要だった。
記念に買った琉球切手
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封筒が米軍のものだというのが当時の沖縄の状況を如実に語っている。
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今から50年近く前のことなので記憶は定かではないが、道はアメリカ同様に右側通行、流通紙幣は米ドル。 記念に買った切手は琉球政府発行のものだった。
いくつかの戦跡慰霊碑も訪れたと思う。 ひめゆりの塔にも行った。 多くの女学生が亡くなった第三外科があった洞窟のところだ。
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