オッペンハイマーがアインシュタインと池のほとりで会って短い会話を交わすシーンがある。 映画のトレイラーにも使われている。 何を話したのか、アインシュタイン博士が沈んだ顔で歩み去るところルイスストロース(Lewis Strauss)とすれ違う。声を掛けようとするストロース、それを無視して歩み去るアインシュタイン博士。
何気ないシーンだがこの映画の肝に絡んでくる。
(Straussは普通ストラウスと発音するが、彼は南部出身などでストロースと言っている)
端的に言うと、「オッペンハイマー対ストロース」を話の中心に据え、それに肉付けしていくようにオッペンハイマーの人生を描いた映画。
それがクリスノーラン監督のいつもの演出、編集で描かれている。 シーンごとに時間が前後して初見では混乱する。
歴史事実にかなり忠実に沿っているようだが、オッペンハイマーが原爆開発者と知っていても具体的な内容を知る人は少ないだろう。 私も知らない。
一度見て、少し歴史を調べ、また見直すと理解度が深まる。
彼は科学者的論理思考でかなりナイーブなところがある。
戦後、水爆開発に反対するところなども、アメリカが開発しなければ、ソ連も作る必要を感じないだろうなどと極めてナイーブな考えを持ったりしている。
共産主義者との関係もそういうところからきているようだ。 彼自身は共産党員になったことはないが、この関係がマンハッタン計画時も、戦後もスパイではないかという疑惑を呼ぶことになる。
オッペンハイマーを嫌ったAECコミッショナーのルイスストロースがそれを利用してオッペンハイマーを排除しようとする。
(AEC: Atomic Energy Commission/原子力委員会)
そもそもなぜストロースがオッペンハイマーを嫌ったのか。 映画ではオッペンハイマーがアインシュタインにストロースの悪口を吹き込んだと思いこんだことになっている(池のほとりのシーン)が、これはノーラン監督の創作だろう。 そもそもあんな会話がオッペンハイマーとアインシュタインとの間で交わされたという記録はない。 会話内容はストロースとは関係ない。(つまりストロースが勝手に勘違いした) 映画の最後で内容が明かされるが、たぶんこれが映画の主題なのだろう。 オッペンハイマーの沈鬱な顔がすべてを語っているようだ。
歴史事実から見ると、議会公聴会でオッペンハイマーがストロースに恥をかかせたこと、ストロースが進める水爆開発に異を唱えたことなどで嫌ったようだ。
もちろんそのことも映画では触れているが、まるでストロースが嫉妬心からオッペンハイマーを排除しようとしたかのようにすこし単純化しすぎているように思う。
たぶん観るたびに新しい発見がある映画なのだが、如何せん3時間は長い、私は2回観たが、それだけで6時間。
でもクリスノーラン監督のファンなら見て損はない。
画像の美しさ(Imax 65mmフィルム)、CGIを使わない表現、これは素晴らしい。 白黒のシーンですら専用のImaxフィルムを開発して撮影している。
CGIを一切使わず様々な工夫でVFXを実写したのは、監督、製作者のこだわりではあるが、あえて完全にCGIを排除する必要があるのだろうか。
放射線や量子?が飛び交ったりするシーンはオッペンハイマーの頭の中で展開されている思考を表現したというようなことを監督が言っている。
だからCGIで後から合成しないでオッペンハイマー役のキリアンマーフィー(Cillian Murphy)の顔とカメラの間でバチバチやって同時に撮影したりもしている。
確かにその画像は凝っていて面白い表現だし、CGIにはない雰囲気が出ている。
豪華な出演者だ。
戦後オッペンハイマーがトルーマン大統領と面会するシーンがあるのだが、トルーマン大統領を尊大不遜な人物として描いている。
それを演じたのはGary Goldman。 初見では気が付かなかった。
ラミマレック(Rami Malek)も出ている。 核物理学者David L. Hillを演じている。 上院商業委員会で「この国の科学者のほとんどはストロース氏が政府から完全に排除されることを望んでいる」という強烈な証言をしてストロースの政治生命を絶った人物。
左はMalek、右はHill
他にも有名な俳優がたくさん登場するがそれぞれが結構実在人物に似た人たちに配役されている。
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Multi_Hobbyistさん、
話題の映画の紹介、ありがとうございます。
米国ではディスクが発売されたのですね。
One of the best movies of the century.
というコメントは大げさだなぁとは思いつつかなり魅かれています。
こちらではシネマ上映はまだですし、ディスクもまだ。
思わずamazon.comでポチリそうになってしまいますが、レンタル可能になるのをもう少し待ってみようと思っています。
ギリアン・マーフィーはノーラン監督の常連で、バットマンでもDunkirkでも妙に記憶に残る役どころでしたが、彼の監督作品ではこれが初めての主役でしょうか?
この時代の天才科学者を取り上げた映画としてはチューリングを扱ったイミテーションゲームがありますが、そのイメージもあってこちらにも興味を惹かれます。
やはりレンタルを待ちきれなくなるかもしれません。(笑)
K&Kさん、こんにちは。
私も「One of the best movies of the century.」これは宣伝にしても大げさすぎると思います。
3時間、時間が前後する編集、テーマなど、結構覚悟を持って観ないといけない作品だと思います。
観る価値は十分にあります。
この映画を観て真っ先に思い浮かんだのがDunkirkです。 同様に時間軸が交差していて初見ではやや混乱しましたが、地上の1週間、海上の1日、空の1時間と限られた時間なのでまだましです。
「オッペンハイマー」は彼が若いころも含めて40年位の時間経過があるのが駒切で前後するので、混乱度はDunkirkの比ではありません。
Multi_Hobbyistさん、こんにちは、
大変面白い記事有難うございます。私もこの前この映画を見ました。日本語字幕はなかったので、内容を理解するのに大変苦労しました(笑)。でも、大変興味深い映画で、面白かったです。最後に、アインシュタインとの会話に戻って解き明かされるたのには、「ここに戻るのかあ~、なるほどー」でした。空気中の原子との連鎖反応で世界が破滅するのを心配して、その確率をある物理学者が真剣に計算したとか、学生時代に、教授に意地悪するのに毒を盛ったリンゴを高名な物理学者のボーアが食べようとして、間一髪でそれを止めたりする出だしの創作部分(?)も楽しめました。
Tomyさん、
ありがとうございます。
「空気中の原子との連鎖反応で世界が破滅するのを心配して」
映画では何度かこの話題が出てきて、最後につなげていますね。 オッペンハイマーの沈鬱な顔が象徴的でした。
でも実際には極早い時期にこの不安は否定されていて映画のように引きずる話題ではなかったそうです。
「教授に意地悪するのに毒を盛った」
これは事実だそうですが、劇薬ではないそうです(殺そうとしたわけではない)。
ボーア博士がリンゴを食べるのを止めるというのは完全な創作です。
実際には学校にばれて停学か退学になりそうなところを実家の影響力で事を収めたようです。
オッペンハイマーはユダヤ人の裕福な家の出だそうです。
映画としては面白い演出でしたね。