先日の日記でChasing the Dragonという英国のレーベルのBach Cello Suitesのレコーディングを見学したことを記しました。その続きです。
バッハの無伴奏チェロ組曲は、極めてよく知られていて多くの名演が録音されています。それをマイナー・レーベルが取り組むというのは結構なハードルです。
このレーベルを主宰するMike Valentineは、BBCのサウンド・エンジニアとしてキャリアを積んだ後、特殊映像の会社を興し成功した相当なオーディオ・マニアで、「やりたいことをやる」ためにChasing the Dragonという素っ頓狂な名称の会社でレコーディングに勤しむ趣味人です。
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彼と曲やアーティストの選定について話すと、「好きか嫌いかで、嫌いと言われるのは仕方がないが、自分で金を出してやっているのだから、良いか悪いかの評価は無視する」とのことです。
録音機材は基本的にMikeの私物で、その構成は昔、長岡鉄男さんの「理想のレコーディング」のコラムを読んだことがありますが、それに近いものです。
最小限のマイク構成。マイクはNeumann U-47を2本だけ
ノン・コンプ、ノン・リミッター、ノン・イコライザー
マイク電源、マイク・アンプはFocusrite Red 1 のカスタム仕様
マイクケーブルは、Nordost ODIN2
等々、録音現場にはオーディオ・マニアが興味がある機器がどっさりとありました。
テープデッキは、Sony APR-5000やStuder A820を使うことが多いようですが、この日はStuder A810でした。私の常用機です。A820の時はハーフ・インチのテープを使うこともあるそうですが、今回のシリーズは全てクォーター・インチで所謂2トラ38です。
組曲の第1番から第5番は既に録音が終わっていて、この日の録音は組曲第6番と、第4番の第6楽章の取り直しだったのですが、新型コロナの影響でこれまで録音していたロンドン中心部の教会が使用できなくなり録音場所が変わりました。
間接音を大量に録るため、録音場所の変更が懸念されます。その影響について聞いたところ、「床の材質も空間の大きさも相当異なるのでやってみないと分からない」という大らかな返事が返ってきました。その辺の違いも含めて楽しんでもらったら良い、くらいに考えているのでしょうか...
この日の録音場所であるSt Botolph’s Churchは、郊外の中規模の教会とはいえ響きも豊かでチェロ独奏を録るには良い環境です。
バッハの無伴奏チェロ組曲はシュタルケルの2回目の録音や最近のヨーヨーマのものをよく聴いていますが、集中して聴くのは組曲の1番と2番くらいまでで、6番になると耳に馴染はあるものの、演奏の良し悪しを判断するほどの経験はありません。
それでも幾つかのテイクを聴いていると不思議と分かってくるもので、「これは良い」というものは皆の意見が一致します。
概して、ミスタッチを恐れた控え目なものより、練習の時のような勢いのあるものが良い演奏でした。
その点からもレコードへのダイレクト・カットは難しいと思いました。録音スタッフにそのことを尋ねても、「ダイレクト・カットは演奏者だけでなく全てのスタッフに緊張を強い過ぎる」と否定的でした。
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約3時間ほどで、予定していた録音を全て終え、この日は解散となりました。
録音後は編集に移ります。デジタル録音の方は、ベスト・テイクを繋ぎ合わせて全体のレベルと左右のバランス調整程度の編集でダウンロード用のマスターは完成。実にシンプルです。
一方、アナログ録音は、AIR Studioに持ち込まれてレコード・カット用のマスター・テープを作成します。
11月6日(金)に行われたマスタリングとテスト・カッティングの様子を友人が送ってくれました。
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英国は全国レベルのロックダウンが5日(木)に再び始まり、通常の経済活動が難しくなってしまいましたが、マスタリングは原則単独作業なので予定通り実施されたそうです。
カッティング用のマスター・テープは製品としてのレコードのカッティングとプレスが行われるドイツに送られたそうです。
個人的にも完成が楽しみです。
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