これは、恐らく、ここPhilewebコミュニティにおける、私の「問題提起系(笑)テストレポート」の掉尾を飾ることとなろう。
今回、提起したいテーマは、「マルチチャンネルにおける<音楽再生>において、センタースピーカーはどうあるべきか」というものである。
センターSPの必要性については、多くの議論がなされてきたのはご存じのとおりであるが、往々にしてそれはLRの間に来る、スクリーンやTVとの関係で語られてきた。つまり、「AVにおけるセンターSPの位置づけに関する議論」である。しかし、ここでは、この「V」は除いて考えることとしたい。つまり、<純粋に音楽再生だけを考えた場合のセンターSPの役割>を整理・検証する。
このような問題意識に改めて取り組もうと思ったきっかけは、先に、WOWOWのエグゼクティブディレクターで、Auro-3Dを含めたマルチチャンネルの録音に関しては日本におけるトップランナーのお一人である、入交博士に何度となくお話を伺う機会があったからである。これらは既報であるので、ここで詳しくは書かないが、マルチチャンネル(これはAuro-3Dのみならず、Atmosや5.1chなども含む)を<音楽再生>フォーマットとして楽しむ場合、博士の主張は二つ。
1.センタースピーカーは最も重要で、センターレスはあり得ない(ソースによっては異論あり。後述)
2.そのセンターSPは、横長のものではなく、LRと同様の縦長のものが必要で、できれば同一が望ましい(100%同意。後述)
この<プロ中のプロ>による助言を受け、私も東京の書斎のセンターSPの入れ替えに着手しているのだが、この機会に、すでにLCR同一縦型SPを実現している伊豆の別荘の事例も含め、様々な形でのセンターSPの機能を検証してみた。
【センタースピーカー役割類型整理】
まず、マルチチャンネルにおけるセンターSPの「在り方」を、定型的に整理してみよう。
A) センターレス (これは以下の実験では、センターを「オフ」にし、出力側で「Stereoモード」=センターに入っている音情報を、LRに振る=ことで実証している)
B) 横置きセンター・高さ違い (これはテレビやスクリーンの上下に横長の、いわゆる「センタースピーカー」としてメーカーが作っているものを置いている場合によくみられる形態。<ツイーターの高さが揃っていない>のが識別上のポイント)[:image3:]
C) 横置きセンター・高さ同一 (これは、スクリーンやテレビを排除するか、またはよほどLRも含め上下のどちらかに寄せた構成の場合に見られる形態。<ツイーターの高さが揃っている>のが識別上のポイント)[:image5:]
D) 縦型センター・高さ違い(今回の検証では、センターがLRより<高い>事例を取り上げたが、普通は、センターのみがLRより<低い>ケースの方が多いであろう)[:image4:]
E) LCR同一縦型SP (これは概念的には、LRより一回り小型の縦型SPをセンターにしている場合も含まれるが、今回は検証対象にしていない。ただしこの場合も、<ツイーターの高さが揃っている>ことが、このカテゴリーに入る条件)[:image2:]
【実験の概要】
今回は、使用する機器(アンプ類、SPなど)がバラバラであるため、「音質」の比較はしていない(比較の対称性が崩れているため、音質における、<センタースピーカーが果たしている役割>だけを弁別することはできなかった)。
ゆえに、今回の比較試聴の着目点は、「定位感・実体感」のみである。ソースとしては、定位感・実体感を見るのに最もふさわしい「ボーカル」とし、以下のソフトを使用した。
『ユーミン万歳!』 Apple Music Atmos音源から (これはシバンニさんに紹介していただいたもの)
① 「中央フリーウェイ」
② 「青いエアメイル」
Norah Jones “Come away with me” SACD 5.1ch から
③ Don’t know why
この三曲を選んだのは、すべてマルチ録音ではあるが、センターSPの使い方が以下のごとく大きく異なっているからである。
①は センターに70%、LRが30%ぐらいの割合に、ボーカルが「LCRに分散されて入っている」
②は ボーカルがセンター「のみ」に入っていて、「LRには全く入っていない」
③は ボーカルが「センターには全く入っておらず」、LR「のみ」に振られている
さて、検証報告を始める前に、今回の実験には含まれていないが、「LCRすべて<横長>」の場合の音場感について、言及しておきたい。
現在は入交博士の助言を受け、すべて縦型のSPに入れ替えてしまったが、伊豆の拙宅でかつて、「映画用に」スクリーン上部にLCRを3台とも「横置き設置」にしていたことがある。<写真>[:image1:]
なかなか稀有な例(恐らく、残りの人生で二度と聴くことは出来まい=笑)だと思うので、過日、取り外す前にこれらの<横置きLCRのみ>でマルチの音楽再生をしてみた(残念なことに、上記①~③の音源ではない)。
全体的な印象としては、②のような、センターのみにボーカルが振ってあるもの以外は、定位は甘い。音場感は(見た目の印象による影響は否定しないが)、やはり左右よりは上下に広がり、ある意味部屋全体に程よく広がるBGM的な音場となる。恐らく、喫茶店やホテルのロビーのような場で、静かに音楽を流すのであれば、このような配置が良いのではないだろうか。
本題に戻る。
【検証結果】
まずAであるが、これは①~③とも、定位感という点では大きな違和感はなかった。ただし、①と②のソースでは、後述するEに比せば、ボーカルの実体感・実在感は落ちる(私の耳には、いわゆる「ホログラフィック」なボーカルというのは、人工的(非実在的)に感じる。音離れのいい、フルレンジの小型SPのモノーラル=つまり人間の口を切り取って置いたかのような状態=のボーカルが、私の基準では、最も実体感・実在感がある。このような「耳の持ち主」の判断であることをお断りしておく)。
次にBであるが、これは③以外は、聴感上違和感のあるボーカル定位となる。①ではユーミンが巨大化し(笑)、壁全体が歌っているような感覚に襲われる。②は、「なぜ、あなたは座って歌っているの?」感が拭えない(笑)。
Cは上記Bの②の状態は改善されており、②や③のような音源であれば、定位感については良好である。ただし、①の音源では、口の動きが見えない。これは恐らく、LRが結ぶ30%の「音像」と、センターSPが単独で形成する70%の「音像」が、<不一致>であるためではないだろうか。また、後述するEに比して、センターSPが悪目立ちをしてしまう。バッフル面が横になっている影響なのか、音離れが悪く、「このスピーカーから音が出てます」感が拭えない。
Dに関しては、①において、口の動きははっきりとはみえないものの、音離れはよく、あまりスピーカーの存在を感じさせない音像となっていた。②では、Eに比してやはり高さ感の違いがもたらす違和感は残った。③は、意外と好結果であった。このようなソースでは、センターにはボーカルのみならず、楽器なども単独で音が割り当てられていることはなく、あくまでも、LRが形成する「ホログラフィックな」音像の<サポート役>となっているためであろう。何も知らずに聴かされたら、「センターからは音が出ていない」と思う人も多いと思う。Cの横位置と異なり、縦位置のSPは存在感を消せるようである。
Eについては、教科書通りのセッティングであり、①~③まで、すべて良好な定位感、ボーカルの実体感が表現されていた。口の動きははっきり見える。特に①のような音源では、センターSPが表現する「実体感と定位感」に、LRがホログラフィックな「奥行き感」を加える感覚があり、試しにLRをオフにするとすこし「ユーミンが痩せた」感じがするのが興味深かった。3台あるスピーカーすべての存在感が消える印象があり、これはLRが形成する30%の音像と、センターSPが形成する70%の音像が、<ぴったり一致している>ことが成せる技であろう。
【結論】
マルチで「音楽」を聴く場合(特にボーカルもの。恐らくオーケストラ系はここまでシビアな差は出ないと思われる)、センターSPを入れるのなら、<縦置き・LRと同じ高さ>―という2点には拘るべきである。もし、いずれかの条件でも満たせない場合は、むしろよくセッティングされたLR2chだけの方が、違和感のないボーカル再生ができると思われる。
ただし、聴くソフトが、すべて②か③系のものであれば話は別になる。③のような「センターに重要な音を振らない」録音は、かつてのSACDなどでは多かったようで、これは以前、入交博士が、「一般ユーザーのシステムにおいて、センターが「ITU的に<正しく>設置されていることが<ほとんどない>ことを録音エンジニアも知っているため、そのデメリットを回避するための苦肉の策。本当はセンターを中心に使った方が実在感・定位感が高まるのだが。つまり、ITU配置を前提に録音をしたものを、ITU配置のSPで再生する音を100点とすると、これはセンターがどのような状態でも80点の効果を狙おうという録音の仕方」と説明しておられた。
しかし、最近はイマーシブオーディオが流行し始めているようで、今回取り扱ったユーミンの最新作のように、ボーカルをセンター中心に編集し、その他のSPに効果音を振るといった、「映画的なつくり」の音源は今後、増えるものと予想している。このような音楽ソースが、本当に映画同様に②のスタイルで録音されているならまだしも、①のようなLCRにボーカルを分散させる音作りの場合(そのメリットは既に書いた通り)、LCRが同一SPである<べき>なのは、2chにおいて、「左右のSPは同一である<べき>」と誰しもが断言するのと、少なくとも「べき論」レベルでは全く同様であることに異論の入る余地はない。
【おまけ】
今回の実験に際し、Apple Musicが提供しているユーミンの最新版のAtmos版をすべて聴いてみたところ、再編集の段階で特にボーカルにいろいろなエフェクトをかけてあることが面白かったのだが、その中で「Call me back」という曲は、ボーカルが「フロントワイド」にも振ってある(しかもほんの少しDelayをかけたか、<ユーミンが3人で合唱>しているような効果を演出している)箇所があることに気がついた。「フロントワイド」SPというのは、Auro-3Dでは定義がなく、Atmosならではのチャンネルなのだが、これを設置している方は多くはないだろう。だから1Fが7chの方にはオリジナルがFWに振られていること自体に気がつかない(恐らくAVアンプの方でサラウンドに振るだろうが、これだと「前に3人」というDirector’s intention通りのイメージにはならないはず)と思う。もしFW込みの9chを設置している方は「フロントワイドの存在感」を感じられる稀有なソースなので、是非、聴いてみてください。
最後に。Auro-3Dを含めたマルチチャンネルオーディオに関心のある方で、これまで私が書いてきた程度のレベル(私は社会科学を専門としており、電気・電子・音響工学系は全くの門外漢)のものでよろしければ、今後は下記で、お互い、気が向いた時に(笑)。
http://koutarou.way-nifty.com/auro3d/
(Phil-Mはアーカイブとしては利用させていただきますが、新規記事の投稿はしません)
コメント ※編集/削除は管理者のみ