エベーヌのベートーヴェンが腑に落ちた瞬間

日記・雑記
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                     2019年10月14日

まず最初に
この度の台風の被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。
何と声をおかけしたらよいのかわからないくらいですが
とにかく早く穏やかな日常が回復されることを願ってやみません。

さて、昨日は、ちょっとくたびれていて
夕食をつくる気になれなかったため、
母と近所の牛丼屋さんに行きました。
まだ夕食には少し早い時間だったこともあり
店内は人影もまばらで、なんとなくわびしい感じで
食事をとっておりました。
そこへ老婦人がひとりで入ってこられ
私たちの横のテーブルに座って、
こちらをしきりにのぞきこんでおられたので
私も視線を交わしながら、会釈すると
その方が母に向かって「〇〇さんですよね」と声をかけられました。
近所で一人暮らしをされている方でした。
しばらくなんということもない世間話をしていましたが
話しているうちに、母とその方の表情が柔和になっていくのが
すこしうれしかった。。。
泥水で埋め尽くされた画面ばかり見続けて
知らぬ間に表情もこわばっていたのでしょう。
ちょっとほっとする出来事ではありました。

帰宅して、最近の私の日課というか個人的宿題である
エベーヌ四重奏団の最新作
『ベートーヴェン・アラウンド・ザ・ワールド:ウィーン』
を聞き始めました。

ラズモフスキー第1番の第1楽章の軽快なすべりだし
今晩はちょっと違う感じに聞こえます。
第2楽章を聞き終え、第3楽章へと入って
「これなんだな、彼らの魅力は。。。。」と
妙に腑に落ちてしまったのです。

あんまり分析的には語れないかもしれませんが
①この音源がライヴであったこと
②もともと彼らのCDの録音は、中低音にヴォリュームをもたせる
ミキシングというか、音作りであること
③演奏法も、販売元ワーナーミュージックの解説によれば
「開放弦やノンビブラートを多用しながらも、
強靭なパルスを武器にタイトな響きとルーズな響きを交互にぶちまけ、
1小節ごとに表情を変えていく」スタイルであること
が、大きな要素として挙げられるように思いました。

①については、彼ら自身がライナーノーツの中で
スタジオ録音は「世の中から切り離された不毛の完璧主義で
自分たち自身を見失うリスクが大きすぎる」という言葉で説明しています。
ダイレクトに伝えたい部分を尊重しようという意味なのだと
私は解釈しました。

②については、(前から気になっていて、一度ご紹介したかったのですが)
彼らのアルバムの録音をずっと担当し続けている
ファブリス・プランシャ(Fabrice Planchat)の功績が
大きいのだと思うのです。
この人は、エベーヌ以外での仕事が数作しかないようで、
インディペンデントだとしても、エベーヌ専属に近い人なのでしょう。
とにかく低めの音がよく聞こえます。
でも高音部が埋もれるということはありません。
ハルモニア・ムンディの最近の音作りもこれに近いものを感じるので
その意味では流行なのかもしれませんが
語弊を恐れずに言えば
彼はジャズの造詣が深いのでは。。。
なんて私は思っています。
フィーリングとしてジャズっぽさを感じるのです。

③については、いちばん知識が足りない点で自信もありませんが
開放弦やノンビブラートの音を多用しても
音楽のバランスを失わず、その魅力を伝えられるとすれば、
技巧的にも優れているのかもしれません。
また「タイトな響きとルーズな響きを交互にぶちまけ、
1小節ごとに表情を変えていく」という説明は、
以前からも彼らの演奏から感じられたことですが
このアルバムでは、特に緩急の「緩」の演奏が
向上した印象を強く受けたので
相対的にそのコントラストは高まっていると感じました。

昨夜の我が家のハーベスのシステムは
そんなこのアルバムの魅力を本当によく伝えてくれました。
おそらく技巧や解釈の面で、彼らに勝る演奏はあるのだと思いますが
ただ今現在において、ライヴでベートヴェンのカルテットを提示する
その意義を、彼らはよくわかっているのだと
率直に思いました。

「2019年4月から2020年1月にかけて、
北米、南米、オーストラリアとニュージーランド、
アフリカとインド、アジア、ヨーロッパの各地で
ワールドツアーを敢行、
各ツアーの最終公演をライヴ録音し、全曲リリースを計画している」
(ワーナーミュージックの解説より引用)今回のプロジェクトにおいて
特にいわゆる西洋以外の世界でのオーディエンスに向けて
演奏することの意義を、彼ら自身も、ライナーノーツのなかで
「音楽と今日の世界の多様性の類似点を引き出すことが私たちの使命です」
と説明しています。

さりながら、シラーの言葉を引用しながら、
彼らが語る普遍主義とヒューマニズム、そしてエコロジーの考えは、
新味に乏しいと受け取られるおそれは感じるところではあります。
でも現在のこの世界の中で、ベートヴェンが伝えたかったこととして
それらは決して色あせてはいないし、おそらく今だからこそ。。。
と、彼らは熱い思いでいるのだと思います。
分断と対立を超える何かを欲しているのは
ひとりの市井の人間の素朴な思いとして、少しは共有できますし
何よりベートヴェンの作品の生き生きとしたエネルギーの放出を
現実の音楽として届けられれば、
まず彼らの志は成功しているとみてよいのではないでしょうか。
昨夜、我が家で鳴っていた彼らのベートヴェンは
私には十分説得的に響くものでありました。

彼らのプロジェクトの成果は、これから続々と発表されるそうで
7枚のCDのリリースが予定され、
すでに4枚はできあがっているとの情報もありました。
また映像も残されているようで
おそらく必ず収録されるであろう
このラズモフスキー第3番の演奏を見ると
私のこの駄文の方向性は間違っていないのでは。。。
という思いになります。
とにかく期待してさらなるリリースを待ちたいと思います。

「Quatuor Ebène – Ludwig van Beethoven String Quartet 59/3」
https://www.youtube.com/watch?v=9GcUt1BLoLM

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