先日のミューザ川崎で行われた、タリス・スコラーズの公演がとてもよかったです。と言っても、真に感動したのは”アレグリ:ミゼレーレ”1曲だったのですが、感動体験から受ける影響の強さを感じます。
実際には、コンサートの直後に同じタリス・スコラーズの”アレグリ:ミゼレーレ”が入ったCDを購入したことは以前の日記に書きました。そして、自宅のオーディオで聴いてみたのですが、「あの感動」は蘇らなかったと・・・
タリス・スコラーズのアレグリ:ミゼレーレの新録音(2007年録音)Gimell盤 CD
そこで、ソフトの要因もあるかと思い下記の音源を追加で注文しました。
タリス・スコラーズのアレグリ:ミゼレーレの旧録音(1980年録音)Gimell盤 CD
これを機会に教会音楽も自分の守備範囲になるなら幅が広げられると思ったからです。
興味もわいたので、調べてみました。”アレグリ:ミゼレーレ”を検索してみると、下記とのことです。
・ミゼレーレは、システィーナ礼拝堂門外不出の秘曲だった。
・復活祭(イースター)のシスティーナ礼拝堂で行われる「暗闇の朝課」の中だけで歌われる特別の曲だった。
・バチカンのシスティーナ礼拝堂に足を運び、復活祭に向けた一連の礼拝に参加した敬虔な信者だけが耳にすることのできる特別な曲がミゼレーレ。年に3日間だけ、しかもシスティーナ礼拝堂でしか聞けなかった。
・14歳のモーツアルトは、9声で構成される長時間の歌唱曲ミゼレーレを1回聞いただけで採譜し、2回目に聞いて点検して完成させる神業を成し遂げた。
・この採譜したものが、英国人の歴史家の手により出版された。
・ひとたび”ミゼレーレ”の楽譜が出版されると、禁令は撤廃された。 (Wikipediaより)
◇モーツァルトの天才ぶりは別にしても、古くは年に3日間だけシスティーナ礼拝堂でしか聞けなかった曲を、この天才のおかげで身近に聴くことができるようになり、感動できたことに感激します。
二つの”アレグリ:ミゼレーレ”の録音を手にしたわけですが、このタリス・スコラーズによる録音は、オックスフォード・マートン・カレッジ・チャペルで録られたとのことです。
新旧の録音は同じ場所で録られていますが、どちらも音はよいですが録音方法は違いました。
ミゼレーレはアカペラのコーラスですが編成に特徴があります。「聖歌隊の片方が”ミゼレーレ”のシンプルな原曲を歌い、空間的に離れた他方が、装飾音にてその「解釈」を歌う」とされています。
演奏配置
・最初に聴いた、2007年の新録音では、祭壇側に5声の聖歌隊が配置され、離れた他方は反対方向の教会の入り口側に配置されているように聴こえます。
・旧録音では、5声の聖歌隊は教会の左側に配されて、離れた他方は反対方向の教会の入り口側に配置されているように聴こえます。
録音音質
・どちらも歌声を上手く捉えたよい録音だと思いました。
・教会の残響をたっぷり含んだ録音です。
・残響は旧録音の方が多く感じます。
最初に新録音を自宅で聴いた時に、ミューザ川崎での生演奏との違いを感じたのは下記です。
・コンサート会場より響きが多く感じた。
・女声よりも男声がリードする演奏と感じた。
・コンサートでは、上から降り注ぐ歌声が地上と同じ位置から聴こえてくることに違和感を感じた。
新録音の後で、旧録音を聴いた時に感じたこと
・目の前の聖歌隊が左側に横並びに並んで歌うさまに違和感を感じた。
・旧録音の方が残響が多い(特に横並びの後方の男声)のは心地よい
・どちらもアカペラの歌声をよく捉えている
やはり最初に聴いたものが正となり、比較で聴いてしまうようです。旧録音は、聖歌隊が左に寄っていて違和感はありましたが、オックスフォード・マートン・カレッジ・チャペルでの演奏を再現する狙いから日常と同じ配置で歌い、録音したのだろうと推測しました。他のDiscも含めて、自宅での再生が感動をよみがえらせることが出来なかったのは同様です。音が悪いせいではないと感じますが、なぜかはつかめませんでした。取り合えずここまでで止めておきます。
分析途中とはなりますが、またくさくさする案件が飛び込んできましたので、少しの間、オーディオモードからくさくさモードにスイッチを切り替えることになりました。
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