教会音楽まとめ – 7th Wien Sound

日記・雑記
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今回の体験の中で、一番大きな変化を感じたのが「教会で聴く音楽」です。以前に感じていた認識が一変しました。旅行前の計画とも大きく乖離し、教会で聴く音響が、「素晴らしい」から「音楽には適さない」に変わってしまいました。

 

7th Wienでのペーター教会体験

①3/2 クラシックアンサンブル 弦楽四重奏コンサート

②3/5 オルガンコンサート

③3/6 オルガンコンサート

 

①ペーター教会 弦楽四重奏コンサートから

5列目センターで聴いた

・音量が小さい・・・空間が大きく弦楽四重奏の音は散ってしまっていた

・ダイレクト感がない・・・実音と響きのバランスが、響きが強いため

・響きが遅れて後ろから聴こえる・・・響きが強く、響きの聴こえ方に違和感があった

この体験は多くが学べた。教会の強い響きは、異次元空間を感じるが音楽を聴くには適さない。何度も聴いた有名曲が響いてこなかった。やはり音楽を聴くためのサウンドは、実音と響きのバランスが大事と感じた。

また、響きの聴こえ方も大事で、「後ろから遅れて感じる響き」は違和感でしかない。響きの聴こえ方も、演奏側が強く、後方に行くに従い消えていく音響が適していると感じた。

 

②ペーター教会 オルガンコンサートから

礼拝堂の中央部で聴いた

・これまで何度も聴いて感動したオルガンが、以前と比べてボケて聴こえた・・・響きが強すぎる

・響きに包まれる感覚は異次元感があるも、実音が明瞭でないと音楽として楽しくない・・・音楽の中心は実音にある

・ペーター教会のサウンドの認識が一変した

何度も聴いてきたペーター教会のオルガンコンサートの評価が一変してしまった。実音と響きのバランスが大事と強く感じたからだった。ここで、生演奏を聴くときの実音と響きを定義しておく。

 

実音・・・直接音と反射音の複合で、聴いた時に実態として聴く音。科学的には、1/20秒以内に聴く音は「一つの音として感じる」と定義されている。

響き・・・上記の実音とは別の音として認識される音

 

学術的には、1/20秒以内に聴く音(実音)の割合が多いほど明瞭感が高く感じるとされている。音量感も同じで、1/20秒以内に聴く音(実音)は直接音を補強し、音量を大きく感じさせる効果があるとされています。※1

 

上記から、今回聴いた教会では、1/20秒以上遅れて届く反射音(響き:17m以上経路の長い音)の割合が多く、明瞭さが失われた(ボケた)と考えられる。反面として、全方位から届く反射音が多いために音に包み込まれる感覚が強いと考えられる。

 

③ペーター教会 オルガンコンサートから

釈然としなかった②のオルガンコンサートを確かめるために、座席位置を移動しながら聴いた(日記:6日目 7th Wienで書いた内容)

・座席位置を移動して聴くことによって、実音と響きのバランスを変えることで、聴こえ方が変化することを感じた

・自分には、教会の中央部は響きが強すぎて好ましくない。礼拝堂の前端位置の方が好ましいと感じた

・音楽を聴くための実音と響きのバランスは、実音がはっきりと聴けたうえで、響きで質感を高めることが大事と感じた

 

以前から聴いてきた教会で聴き込むことで、実音と響きのバランスについての認識が高まりました。

考察

<<音楽を聴くためには、実音がはっきりと聴けたうえで、響きで質感を高めることが大事>>

<<実音をはっきりと聴くには、直接音を補強する短時間で届く反射音が効果がある>>

<<音量感も直接音を補強する短時間で届く反射音が効果がある>>

<<響きの聴こえ方も大事で、演奏側が強く、後方に行くに従い消えていく音響が適している>>

 

以上が、7th Wienでのペーター教会で聴いた結果の考察となります。以前に素晴らしいと感じていた音響が、今回はもう一つと感じた理由は、先の日記で記載した内容で違えないと思います。

 

「以前は、全方向から聞こえてくる響きに感動して教会の音をすごいと感じたことが、今では音楽を聴くための実音と響きのバランスはかくあるべしという認識が進んだのだと思いました。言い換えると、以前は響きの渦の中にいることをよしとしていたということになります」

 

ペーター教会での体験は、「月日は人を育て」「多くの経験が評価指標を変える」ことにより、以前の認識を一変させてしまうこともあることを学べた貴重な体験でした。

 

 

※1:音大生にふさわしい音響学の授業について PDFのリンク

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