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これでいいのだ!:追悼ドクター・ジョン

日記・雑記
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                    2019年06月15日 

ドクター・ジョンが6月6日に亡くなりました。
何か追悼の日記を書きたいな~と思いつつ
でも何から書いていいものか。。。と思案していました。
そんなとき、『ローリング・ストーン』誌の追悼記事
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/31123
を読んでいて
ハッと思い出したことがありました。

大学に入って、私がライヴハウスなるところで
初めて音楽を聞いたのが、ドクター・ジョンでした。
ビールかなんかをあおって、ちょっとポーッとしながら
彼の登場を待っていたように思います。
やがてライヴが始まり、他の聴衆と同様に
彼のピアノの弾き語りによるソロ・ライヴを愉しんでいました。
ライヴハウスなので、演者と聴衆との距離が近かったのですね。
それで何かの拍子で彼の手元がよく見えたのです。
左手の人差し指がありませんでした。。。
私はそのことを知らなかったため、けっこう気になってしまいました。
別に彼の音楽とは直接関わり合いがないことなんですが
なにゆえその指を失くしたのか?などといったことを
当時の私は妙に考えてしまったのですね。
結局、そのことが気になったまま
ライヴは終わってしまったように思います。
なんかちょっと損した気分がありました。。。

でもそんなことは、彼の音楽をより深く知るようになって
いつの間にか、すっかり忘れていました。
先に掲げた『ローリング・ストーン』誌の追悼記事にもありますが
この指を失くす事件以前は、彼はギタリストでした。
またドクター・ジョンなる名前の由来も
たまたま彼がすすめようとしていたプロジェクトで
他の人物に演じさせようとしていたのが、おじゃんになって
しかたないので、自分で演じてみたらハマってしまったので
それ以来、そのキャラを演じ続けているとのことで
端的なお話として、この2つのことがなければ
今日私たちが知っているドクター・ジョンは
存在しなかったことになります。

また彼のアルバム制作は
プロデューサーの色がよく出る気がしていました。
たとえば代表作と言われるアルバムでも
1973年の『In The Right Place』の
ミーターズによるリズムセクションのあのうねりは
やはりアラン・トゥーサンの独特のファンク色を強く反映したものでしたし

1978年の『City Lights』の
ニューヨークの強者ミュージシャンたちによる
当時のクロスオーヴァー的な最先端のおしゃれサウンドは
まさにトミー・リピューマの音でした。

プロデューサーの土俵にしっかり上がって
身を任せているかのような風情なのに
でも、誰のアルバムかと問われれば
あのだみ声とホンキートンクピアノを聞けば
ドクター・ジョン以外の何者でもない。。。
どんなプロデュースにも負けない
いや、むしろ貪欲に自分の音楽に取り込んでしまう
彼の音楽的個性というか灰汁の強さに
私たちは魅了されていたのではないでしょうか。

マルコム・ジョン・レベナックは、彼の本名ですが
レベナックという個人の音楽的嗜好は実は保守的で
けっこう頑固だったのではないかと思うことがしばしばありました。
つまり商品としてのドクター・ジョンの完成度を上げることを
彼は職業的使命と考えていたように思うのです。
また『ローリング・ストーン』誌からの引用ですが
こんな彼の発言はそう思って聞くと興味深いです。

「レコードを商業化する唯一の要素は人がそれを買うかどうかだ。もともと私は、商業的なものを作るとは自分自身を売ることだと思っていたし、音楽の質を落とすことだとも思っていた。でもよくよく考えてみたら、音楽を台無しにしないで、ルーツや自分が表現したい音楽要素を維持したままで商業的な音楽を作るのは可能だと思うようになった。それこそ、作ってから恥じ入るような作品ではなく、作ったことを誇らしいと思うセンスのある音楽をね。そういう楽曲なら悪くないし、いい方向に役立つことだってあるかもしれない」。

ごく最近の情報によると
彼の遺作となるアルバムは、昨年の12月に完成していたとのこと。
体の状態も思うに任せない中での
さまざまな工夫をしながらのレコーディングであったことが
伝えられていますが
前作でサッチモをとりあげ、
ドクター・ジョンのブランドをさらに格上げして見せた彼が
自身がラストアルバムと自覚して取り組んだ作品とは。。。
と思うと、1日も早く聞いてみたくなります。

突然思い出された彼のライヴでの思い出からお話しし始めたわけですが
今となっては彼の左手にまつわるその思い出も
愛おしく思い出されたことも事実で
決して表立ってはそんなことは言わなかったであろう
ギタリストとしての思いとか
なんだか偲ばれてきて
でも「これでいいのだ!」って言っている気もする
そんな曲を最後に聞いていただけたらと思います。

「Dr. John: What A Wonderful World (featuring Nicholas Payton and The Blind Boys of Alabama)」
https://www.youtube.com/watch?v=FUExCDFT2UY

ご冥福をお祈りします。

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