最近のオーディオ誌は繰り返して読むような記事はほとんどありません。
ステレオサウンド誌も例外ではありませんが、90年代頃までは読み応えもあり、何度も目を通しています。
その中で、93年の107号に掲載されている菅野沖彦氏による「小澤/ボストンのマーラー交響曲第6番 ライヴ・レコーディングを機にホールと録音と再生について考えてみよう」という記事が示唆に富んでいて参考になる部分も多いと思うので紹介させてください。
個人的には菅野氏自身のジャズ録音は、あまり好みではありません。おそらく彼が得意としていたものだと思いますが、ジャズでは、クラブの熱気を感じさせるもっとダイレクトな録音を嗜好します。一方、クラシックは、彼の録音もコメントも共感できる部分が多いです。
本文は、15ページに亘る長文なので、このレコーディングでのマイクアレンジに関して書かれた章を引用します。それだけでも長文です。古いものではありますが、雑誌からの直の引用なので不適切であればご指摘ください。投稿全体を削除します。
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まず自然な位相差を録ること。この録音ではマイク4本だけで 収録している。
この小澤/マーラー・シリーズの録音は比較的スローテンポで行なわれている。当初は客を入れないで、ホールをスタジオのように使った普通の録音だったが、途中からライヴ 録音に変わっている。同時に被ら自身のレコーディングに対する勉強も常に積み重ねられていて、それが生かされ、マイクロフォン・セッティングも変ってきているわけだ。
今回のライヴ録音は、バーに吊られた4本 のマイクを中心に、ステージのオーケストラのバランスをマクロ的に録るという行き方で あった。 そのモニターに使っていたスピーカーは B&W801シリーズIIだ。これは、彼らが スピーカー遍歴の結果、選んだものなのだろう。モニター・レベルは中庸で、小さくも大きくもない。私ならもう少し大きいのではないかと思った。
全体として彼らの録音は、基本的には私とほぼ同じコンセプトでなされている。 まず、ワンポイント・マイクロフォンに代表される自然な位相差というものを録ることを大切にしていること。これが基本的な彼らの考え方で、これには私も全く賛成だ。しかし、常にワンポイントにこだわる考えは私にも彼らにもない。
たとえばジャズの録音のような場合、空間にマイクロフォンを一つ吊っただけでは、全体のバランスはともかく、リアルなジャズサウンドは録れないから、そういう場合には、 楽器にマイクロフォンを近づけていって、オンな音を録らなければならないし、マイクロフォンの数も必然的に増える。しかしその場合も、たとえばピアノとかドラムスとかベースとかに立てたマイクロフォン同士を完全に分離させて、独立した音として録るのではなく、その場のマイクロフォン全体でステレオ フォニックな空問をどうつくるかということを考えるのが、私のレコーディングの基本的録音ポリシーである。
より少ないマイクロフォンがクォリティの 高い録音を可能にすることは事実だが、それにこだわりすぎるのもいけない。楽器に対するマイクロフォンの距離は、音色や演奏表現の本質にかかわる重要なもので、音楽的な意味で近接設置を絶対に必要とする場合もあるわけだし、編成が大きければ当然マイクロフォンの数は増えることになるだろう。また、ワンポイントとはいっても、必ずしも2本の ペアだけによるものではなく、その発展型も考えられる。
ワンポイントのペアマイクロフォンにこだわらないで、もう2本使うという、彼らの4本マイクロフォン手法は、オーケストラ・ ステージのステレオの空間を中抜けにしないで、かつ広げよう、スケールを出そうとしたものだろう。 ベアのマイクロフォンで録音すれば非常に自然なバランスで収録できるが、場合によると、左右の広がり感がやや得にくいことが ある。この左右の広がり感を得るためにペアマイクロフォンの間隔を離したり、あるいは単一指向性を使って、お互いにオーバーラップする部分を少なくする……つまりお互いに外向きにすると、今度は左右の空間は広がるのだが、中抜けになる。
この発展型として、テラークの録音では3 本マイク手法を考え出した。この場合、3本マイクの中央のマイクロフォンは、その出力を左と右に振り分けて、同位相のモノーラル 信号として扱うことになる。そうすると、両チャンネルに1本のマイクの同相成分が入るから、左右のマイクに対して、中央のマイク のレベルをきわめて微妙に調節しなければな らない。少しでもオーバーすると、左右のマイクの広がりを中央に引っ張ってしまって、 中抜けにならないのはいいが、せっかくステレオで録るのにモノ的になってしまう。これは非常にクリティカルだから、特に編成が大きくなってくると、左、右、中央の音像が3点定位のような格好になる危険性もはらんでいるのである。
今回の録音で採られた4本マイク手法は、 3本マイクのヴァリエーションで、オーケス トラの中央付近に比較的間隔の狭いマイクを 2本、これがペアで、そして、さらに外側に間隔の広い2本のペアマイクロフォンを設置する……こうすると、いずれのマイクも全部位相差を拾うことになり、左右に同位相で入る信号はない。全部がステレオで録られるから、3本マイクロフォンのようにセンターにモノーラルの定位ができることもない。だが、常に4本のマイクのレベルをきちんと合わせておかないと、音像や音場が左、右に動いてしまう。
いま仮に、左のマイクのそばにあるハープ がたまたまちょっと弱いからといって、この マイクのレベルを不用意に上げてしまうと、全部の音場が左に偏ってしまう……。このように演奏進行中に特定のマイクのレベルをいじることは絶対にできない。あらかじめセットしたら、あとはそのまま……いじれるのはマスターと呼ばれる全体のレベルコントロールしかないのである。 最初に4本のマイクをどこへどう立て、レ ベル設定をいかに決定するか?それによって録音の成否が決まるのである。
もし、この4本に単一指向性のマイクを使うならば、その指向性を利用して、弦を中心にして、管はその指向性から少し外れるようにセットすることで、弦と管のバランスをとることもできる。 推測だが、今回のフィリップスの録音は指向性を積極的には利用していないようだった。 したがって、オーケストラのバランスは、物理的にそのマイクと楽器との距離によって変るわけだが、高さで全体を均一にカバーしているから、ほとんど距離差によるエネルギーの差はそれほどつかない。 これが成功すれば抜群のステレオ録音となる反面、これは最も難しい、非常に危険な録 音だということもできるのだが……今度の録音の結果は、それがちょうど半々に出たようだ……非常に成功した部分と、不成功の部分も残念ながら指摘しないわけにはいかない。
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