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シンフォニーと「“今”の歯ごたえ」

日記・雑記
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ここのところ日中の温度差がけっこうあって
昼間はTシャツ1枚になりたいし、
夜は長袖の上着を1枚羽織りたくなるというような毎日です。
私は、なんとなくぼんやりしたり、シャキッとしたりと忙しいのですが
皆様はいかがお過ごしでしょうか。

最近、シンフォニーをよく聞いております。
多少はセッティングがはまってきて
音が団子にならなくなってきたせいもあるのだとは思いますが
きっかけはこのアルバムかと。。。

むろんファウストのヴァイオリン目当てで入手したところ
フライブルク・バロック・オーケストラ/エラス=カサドによる
交響曲第5番も気に入りまして
第3番「スコットランド」, 第4番「イタリア」

シューベルト:交響曲第3番, 第4番「悲劇的」

と手を伸ばしてしまいました。。。
私の浅い(汗)シンフォニー体験からすると
ピリオド楽器のオーケストラっていう感じはあまりしなくて
たしかにティンパニーなんかの打楽器は弱いかな~とは思うものの
逆に音楽のエッセンスがリアルに感じられると申しますか。。。
加えて音楽評論家の能地祐子さんのシューベルト評は
けっこう同意できるものでした。
以下長いですが、引用します。

「このアルバムを聴いていると確実にあがる。元気な演奏は、元気になる。楽しい。しょっちゅう聴いていた理由は、そこに尽きる。なんとなく何か聴いていたい時にはこれ。こんなにあがるシューベルトって初めて!みたいな。
 最初の摑み、古楽オーケストラというイメージを超越した痛快な“鳴り”。ここでまず、びっくりする。晴れやかで豪快な音像は、さすが“古楽界のベルリン・フィル”。が、これだけクールなバランスで華やかに痛快に鳴らしてのける指揮者も見事。斬新とか特異という意味ではなく、きっちり古典なのに“今”の歯ごたえがある感じというか。あとは、クールな躍動感とか。そこらへんは確実に、若いエラス=カサドの手腕だろう。男性的な柔らかさや鷹揚さをたたえながら、ガツンとパンチが効いている。しかもロマンティックなところは、遠慮なくとことんロマンティック浮かれモードで突き進む」
[音楽]輝く!日本レコード大将 2013《クラシック編》
ttp://d.hatena.ne.jp/LessThanZero/20131227/1388161764

なんか元気になるシューベルトなのです。
「斬新とか特異という意味ではなく、きっちり古典なのに“今”の歯ごたえがある感じ」というのも同意。
妙な言い方になってしまいますが
私はどうもクラシックを聞くとき、そういう「“今”の歯ごたえ」を
かなり求めているように思いました。。。

続いては、来日間近のウラディーミル・ユロフスキーとLPOの
チャイコフスキー交響曲全集です。

ユロフスキーとLPOの演奏は
Orisukeさんのご紹介で「惑星」を聞いていました。
これはユロフスキーの作品では最もヒットしたらしいです。

最新録音の第2番(ライブ)&第3番を聞いたのがきっかけでした。
入手後、通して聞いてみると
以前に録音したものより「よくなってる!」と直感的に思いました。
表現が豊かでかつ的確になっている感じと申しますか
修練されたものとフレッシュさとがうまく配合されている印象を
うけました。
そしてこちらもやはり「“今”の歯ごたえ」感を
より強く感じるように進化しているのかと。。。

時系列的に並べているだけなので他意はないのですが
最後は「ミヒャエル・ギーレン・エディション第6集~
マーラー:交響曲全集、歌曲集~」です。
こちらはまだ全部聞きとおせていません。。。
きっかけは歌曲集です。
《亡き子をしのぶ歌》のコルネリア・カリッシュ(アルト)が良かった。
そのあと Spotifyで
《さすらう若人の歌》と《リュッケルトの詩による5つの歌》という
初出音源も聞けて、こちらも気に入って、入手を決意。

私にとって、マーラーのシンフォニーは、
まずもって長くて、ごつごつ感のある、
時としてお付き合いのしがたさを覚える、
がしかし断片的には美しい音楽。。。っていう感じでした。
しかし今回、ギーレン指揮のものを聞いて
なんか聞けてしまうものがけっこうありました。。。すーっと。。。
まあ、これが正統的なマーラーの聞き方ではないのでしょうが。。。

マーラーに関して、ウェブで紹介されていたので
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾・村上春樹著)
を読み直してみました。
小澤さんのおっしゃる
「楽器ひとつひとつの個性・特性を、ある場合には挑発的に引き出して」
というマーラーの特徴を、
ギーレンの指揮はクールに処理しようとしているというか
ことさら強調する感じはないのかなという印象を受けました。。。
2003年収録の「交響曲第9番」の映像DVDを見て
その感を強くしました。
CDには1998年の演奏が収録されているのですが
ずいぶん違う印象です。
あえて言うとCDの方は「挑発的」な感じがします。
しかしDVDのほうは、少なくとも私の目には、
彼の指揮ぶりは、あくまで自然な流れのなかで
個性や特性を活かすぐらいの印象でした。
これが「“今”の歯ごたえ」といえるのかは、よくわかりません。
ただDVDの演奏のほうがしっくりきてしまったのです。。。

マーラー的な苦悩。。。
村上さんのコメントはあえて引用しません。
分断とか格差とか、その上での越境とかを、
私はキイワードとして想起してしまうのです。
ギーレンその人は、そういうのをわかっていて、
あまりそういう思いを前面に出していない、というか
あえて出さなくても表現できるから、ことさらしようとしなかったのか
などと、もや~っと考える今日このごろなのでした。。。

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