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あるピアニストの系譜:フー・ツォン篇

日記・雑記
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                     2019年12月07日

アレッサンドロ・デリャヴァンを
「これまでの人生で聴いた中で最も興味深いピアニストの1人」と
激賞したピアニストとは誰だったか?といえば
アジア人として初めてショパンコンクール第3位
そしてマズルカ賞を獲得した中国人ピアニストである
フー・ツォンなんであります。
はじめに告白しておくと、1934年生まれのこのピアニストのことを
私は知りませんでした。。。
デリャヴァンをそんなに高く評価しているのが気になって
配信で聞いてみたところ、心をわしづかみにされた
というのが事の次第なんであります。

現在、配信ではフー・ツォンのピアノをかなり聞けますが
CDは、ほとんど廃盤になっていて
私の手元にあるのも、中古で入手したショパンのマズルカ集(CD)と
ノクターン集(LP)だけです。
そんな中、もっともよい彼のピアノの入門となるのが
森岡葉著『望郷のマズルカ』という彼の評伝に付属している
「フー・ツォンの芸術」と題されたCDでして

でも一方で、もしかするとショパンのマズルカ集を除けば
現状これがベスト盤なのかもしれないな~と
言いたくなるぐらい充実した選曲内容のものです。
選曲リストです。

ショパンとモーツァルトのコンチェルトは
評価も高い演奏なので、もちろん素晴らしいのですが
ドビュッシーやスカルラッティ
そして各1曲のみながらハイドンやシューマンも
フー・ツォンならではの演奏という気がして
最近、このCDを繰り返し、かけ流していることもしばしば。。。
この人のピアノを聞いていると
やはりエネルギーをもらえるっていうのは
正直ありますので
寒さで身の縮こまりそうなこのところの気候にも
うってつけというわけで
カンフル剤?あるいはビタミン剤?代わりになっています。。。

フー・ツォンのピアノの魅力をもう少し深掘りしてみようと思い
評伝も読んでみました。
『望郷のマズルカ』は
単なるフー・ツォン個人の評伝ではないところがあって、
そこが逆に魅力的なのですが
たとえば第1章はフランス文学翻訳者だった父フー・レイの評伝から
始まっており、後に中国でロングセラーとなった、この父子の書簡集
『傳雷家書』からの引用も随所に盛り込まれています。
また第3章では、文化大革命下の中国のピアニストたちの群像が
描かれています。
つまり縦糸として、彼のファミリーヒストリーを配し、
横糸として同時代の中国の音楽家(ピアニスト)を配するという
歴史的深みとスケールの広がりをもった構造の評伝なのです。

いくつか興味深かったところをピックアップしてみます。
フー・ツォンがショパンコンクールに出たのは
1955年、第5回のことでした。
この回に参加したピアニストには
アシュケナージ(第2位)がいましたが
彼をしてフー・ツォンのマズルカの演奏は
「一生忘れることができない」と言わしめたのだそうです。
またしばらく後にラジオでたまたま彼のショパンの演奏を耳にした
ヘルマン・ヘッセは1960年に発表されたエッセイの中で
その演奏を称賛した上で、聞いているときには誰の演奏かわからず
ただ次のようなことを想像したと述べています。

「フー・ツォンの演奏を聞いているとき、私は漠然と東洋から来た演奏家を
想像した。彼が荘子か、『古今奇観』に出てくる人物のように思えたのだ。
彼は幽霊のように安堵に満ちた道教の精神に導かれ、脱力が完全にできた
手で演奏していた。私はちょうど古代中国の画家たちが字や絵を描くとき、
墨汁を含ませた筆を手にして至福の瞬間を満喫するときにも似た興奮を、
彼の演奏に感じた。そのとき人は、自分が住んでいる世界、生きている意味
をすべて理解したという境地に到達できるような気がしたのだ。」
(『望郷のマズルカ』P114より引用、以下同書より引用ページのみ示す)

ヘッセの感想は、当時の一般的な受け止めと重なるような気がしたので
長めに引用しましたが、西洋人に認められるだけの技巧的な成熟が
フー・ツォンにあったのを前提としても、ショパンの音楽的神髄を
見事に表現しながら、西洋人がいまだかつて到達したことのない境地へ
誘ってくれるような魅力を他方で感じていたことがうかがい知れます。
フー・ツォン自身もそういう受け止めをむしろ肯定的にとらえていて
自身が父から中国の古典文化を叩き込まれ、その教養が彼の核となり
彼の奏でる音楽を支えていたというようなことを語っています。

そんなフー・ツォンは作曲家を語るときに
よく中国の詩人を引き合いに出します。
ショパンをはじめて聞いた時、
彼はそのなかに李後主(李煜)の詞を感じたと言っています。
ちょっと調べてみると、日本でも「虞美人」という詞は有名で
幽閉生活という境遇にあった李後主が後悔や望郷の念を読んだその内容は
哀切さ、悲壮さという点では、
ショパンにも通じるところがあるように思われました。

ちょっとおもしろいので他の例も紹介しておきます。。。
モーツァルトは天才李白
ベートーヴェンは秀才杜甫
シューベルトは哲人陶淵明
なんだそうです。

閑話休題
ショパンのマズルカについて、もうひとつフー・ツォンは
興味深い発言をしています。

「マズルカのような独特の性格を持った音楽の言語は、それに対する
強烈な音楽的な直感さえあれば把握できるのではないだろうか。
マズルカは最初から私の中にある何かを刺激した。私はマズルカを
難しいと思ったことはない。楽譜を見ただけで、どう弾けばよいか
わかった。」(P117)

つまりマズルカに対する音楽的な直感というものは、天賦のもので
学んで得られるものではないと暗に言っているのです。
確かに彼の弾くマズルカは
努力以外のなにものかを感じさせるところがあります。
ひとことで言えば、それは感性のようなものなんでしょうけど
その感性の核にあるものは何なのか?

彼が人生の規範として語るときによく使うことばに
「赤子之心」というのがあるのだそうです。
おもしろいのは、彼がその境地をそれを教えてくれた自分の父に
見出している点です。
「父にはたくさんの欠点もありましたが、彼は生気に満ちた感情豊かな
人間だったので、欠点も長所も普通ではありませんでした。どちらも
とても大きかったのです。(中略)すべてが強烈で、振幅が大きかった。
(中略)中国人の特殊な点は感性をいちばん大切にしているところです。
そしてその感性の底には『赤子之心』があります。彼は一面でとても謹厳
でしたが、同時に大慈大悲の人でした。」(P291-292)

この話、私にはしっくりくるものがありました。
日本人も実は魅力的な人間像として
こういう原型は有しているような気がしますし
荒ぶる自然と慈愛に満ちた自然という対比なんかも
しっくりくるかもしれません。
(あんまりこういうことばでまとめてしまうのもなんですが)
両義的な存在にパワーを認めるというのは普遍性もあるわけですし
そういう意味では、洋の東西を問わないことであるのかもしれません。

いろいろと述べてきましたが
ここでデリャヴァンの話に戻ります。
彼は2009年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールのときのことを
次のように語っています。
「本選に進めなかったことで、大きく怒りを感じました。
まだ22歳でしたから、自分はとても幼くて、プライドが高かったんです。」
(「Alessandro Deljavanインタビュー」
http://mariyoshihara.blogspot.com/2013/06/alessandro-deljavan.html)
そうとう悔しかったのでしょう。本人が公言しているぐらいですから。。。
あの演奏する姿からすれば、彼も意外と振幅のあるタイプかな~などいう
邪推はこれに留めておきましょう。

でもペルシア人の父を持つ彼が
どんな教育を父から受けてきたのかは興味深いな~。
もしかするとフー・ツォンは
そのあたり何か感じるところがあったのではないか。。。
デリャヴァンの経歴をみると
フー・ツォンに師事したことが記されています。
二人の間でどんなレッスンが行われたのか
私は知る由もありませんが
この2人にひとつのピアニストの系譜を感じるのは
きっと私だけではないような気がしてきています。

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