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悲しみのその先へ:ポール・ルイスのブラームス後期ピアノ作品集

日記・雑記
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                      2022年02月20日

先日、ポール・ルイスの新作である
ブラームス後期ピアノ作品集の印象をまとめられずにいたところ
ベルウッドさんから
「アルバムを通して聴くというのではなく、
毎夜、一曲か二曲ずつだけ聴いています。」
https://community.phileweb.com/mypage/entry/2408/20220206/69227/
というサジェスチョンを頂いて
「なるほど、そうだな~」と思い直し
1曲1曲をよく味わってみよう、という聞き方で
聞くようにしました。
その結果、ずいぶん味わい方に余裕ができてきて
よりこのアルバムの良さについて語ってみたくなってきました。。。

「7 Fantasies, Op. 116: No. 4, Intermezzo in E Major. Adagio」
https://www.youtube.com/watch?v=SIQpNShDJAw

このアルバムに収められた
幻想曲集 Op.116、3つの間奏曲 Op.117、6つの小品 Op.118
4つの小品 Op.119は、
ピアノ演奏の名手として音楽界にデビューしたブラームスが
実はあまりピアノ独奏曲を書いていないという事実に気づかせてくれた
という点で、まず私には興味深かったのです。

これには彼が自分の作品の公表に関して
きわめて制限的・管理的であったという事情もあるのですが、
シューマンの後押しでデビューしてまもなくの
ピアノソナタ第1番~第3番op.1, 2, 5、
4つのバラードop.10があった後は、変奏曲の発表が続き
8つの小品 op.76が発表されたのが45歳のときで
これだけでも25年くらいブランクがあります。
その後がOp.116~119で、59歳のとき1892年のことでした。
やっぱり少ない気がします。。。
この辺りの事情について、このアルバムの解説を書いている
Matthias Kornemannは、だいたい次のように説明しています。

ブラームスは1892年までに自分が言わなければならないことは
言い切ったと思っており、弦楽五重奏曲第2番がその頂点にあたる。
残りの数年間は、未完成の作品やスケッチをふるいにかけて
清算することに専念するつもりだった。
ただクラリネット奏者のリヒャルト・ミュールフェルドとの
偶然の出会いのおかげで創作意欲を取り戻した彼は
ソロピアノ作品との別れのため
一見要求が厳しくなく、当時非常に人気のあった
叙情的な作品のジャンルを選んだ。

Kornemannの主張に沿えば
ピアノソロを書くことに関心・意欲を持っていなかったブラームスが
戦略的に選んだジャンルが叙情的な作品だったということになります。
確かにピアノソナタのような構成を持たない作品群としてみれば
けっこうバラバラな作品として聞けるものでもあるのだろう
ということですね。

そんなことで前振りが長くなってしまいましたが
このアルバムであります。
ピアノの弾き方は様々あろうかと思うのですが
やわらかいタッチで弾くとき
この楽器の表現の豊かさが際立ってくるのだな~というのが
やはり現状認識です。。。
これは先のベルウッドさんの日記の中でも述べられていたことですが。。。

いろいろな表情を見せてくれるルイスのピアノは
こういった職人芸的な作品でこそ魅力が存分に発揮されるのだな~
ということですね。
一聴するとモヤッとした空気の中から
楽音が立ち上がってくるかのような
そんなルイスのピアノは
枯れた表現や透明感だけでは出せない含みの部分に
豊饒な味わいが感じられるピアノです。
ペダルワークの駆使による
弱音部や緩徐部のゾクッとするほどの色っぽさ。。。
おそらくあざとくなる一歩手前でやめているんでしょうが
見事なものです。

ルイスがこのアルバムについてのインタビューの中で
https://www.nytimes.com/2022/01/30/arts/music/piano-brahms-paul-lewis.html
「私にとって、この種の内省的な音楽の特徴は、
自分の経験として考えていることをその上に直接押し付けないことが
非常に重要であるということです。(中略)
それ(内省的な音楽)は感傷的になってはいけません。
なぜなら感傷的になることはその音楽を軽視していると思うからです。」
なんて言っています。

感傷べったりで聞くことをどこかで拒んでいるかのような発言ですが
確かにそうなのでしょう。
むろんそのように聞くことも可能かもしれませんが
いったん感傷を脇において聞くとき
聞く者もより豊かな音楽の世界を味わえるような気がしてきたのです。
悲しい音楽かもしれないが
ちょっと離れて聞いてみる感じでしょうか。
でもそれがさらなる悲しみを呼び起こすとしたら。。。
なんて考えてしまいます。

三宅幸夫著『ブラームス』(新潮文庫)の中で
ピアニストの松浦豊明さんがこんなエピソードを披露しています。
ケンプはop.116の4に特に愛着を持ち、リサイタルのアンコールや
ピアニストのマスタークラスの最終日にも弾いていたそうです。
あるマスタークラスで件の曲を弾き終えたケンプは
「この曲で別れるのは悲しすぎる」と言って
さらに別の曲を弾いた
というものですが、ちょっといい話として
最後に紹介したくなってしまいました。

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