ドビュッシーのピアノ曲を弾くか、弾かないかは
ピアニストのある決定的な違いを表しているんじゃないだろうか。。。
いつからか私はそんな印象をなんとなく持つようになっていました。
それはとらえどころのない雲であったり
かすかにさざめいているかのような水の波紋であったり
塵芥に仄かにきらめきを与える光と影だったり
生々流転する無常な現象への音楽的感性とでもいうべきものが
試されるんでは。。。ということなんだと思うのです。
私は表現する側ではないので、テクニック的なことはわからないのですが
決してドビュッシーを弾かないし、あんまり聞きたいとも思わない
そんなピアニストを、何人かは知っているので
やはり何かがそこにはあるんだろう、くらいの想像はつきます。
しかし、こんなことは私がことさらに申し上げるほどのことではなく
これまでもよく言われてきたことであります。
ただそのピアニストの個性のようなものに
得も言われぬ感動を覚えてしまう経験は
ドビュッシーのピアノ曲に特権的な地位を与えているような気がして
どうしてもご紹介したくなってしまったのです。
1990年生まれ、大コーカサスのカラチャイ・チェルケス共和国にある
ニジニ・アルヒズ(人口約500人の小さな村)の山中で育った
アンナ・ツィブラエワというピアニストの弾く「前奏曲集」の映像は
酷暑の疲労をためこんだ私の心身に、なぜだか深く浸透してきます。
「Claude Debussy • The Complete Préludes • Anna Tsybuleva」
https://www.youtube.com/watch?v=JiYNcAb8-WY&ab_channel=KnightClassical
2014年にモスクワ音楽院を「最優秀生徒」賞を得て卒業した後、
そのピアニストはバーゼル音楽大学で研鑽を積みます。
彼女のディスコグラフィーにはドイツの作曲家の作品が多くならび
どうやらそれなりの評価を受けているようです。
そう思って聞けば、今回のドビュッシーの演奏にも
ロシア的なダイナミックさやドイツ的な律儀な構築美が
反映されていないわけではありません。
そういう修練を積んできたピアニストなんだと思います。
でも今回ばかりは、そういう修練によっては獲得されない何かを
彼女は表現してしまっている。。。
そんな気がしたのでした。
映像の力は大きいです。
仄暗い画面に浮かび上がる彼女の演奏する姿・表情
少し背を丸めて、長くて細く、少し節のある指が鍵盤を
あるときは撫でるように、またあるときは這いまわるように押さえる
猫みたいに見えてくるその姿。。。
虚空を見るともなく見上げてみたり、また目をふせてみたりする
その表情は何かに自分の身を委ねているかのようにも見えます。
それをこれだけ持続して、量的に多く目にすると
演奏自体に対する個性の評価として考慮せざるを得なくなってしまいます。
したがってこの演奏から感じる得も言われぬ感動というのは
彼女の「暗黒舞踏家」(笑)としての評価を
少なからず含んだものになっているのだと思います。
ツィブラエワの故郷、ニジニ・アルヒズについて、
ちょっと調べてみました。。。
あの夏季オリンピックの開かれたソチよりも南に位置しながら、
コーカサス山脈中にある山村であるため
近年はスキーリゾートとして有名になりつつあるとのことでした。
しかし私の印象としては、山深く自然豊かな田舎という感が強かったです。
彼女のバイオには、つぎのような記述がありました。
「ツィブラエワは、幼少期の核となる価値観を今も忠実に守り続けています。
幼少期の美しさを他の人と共有したいという強い思いから、
2022年に故郷の山々、川、10世紀の寺院(現在では世界最大の
宇宙望遠鏡も設置されています)の中で、
初の年次フェスティバル『アルテルソノ』を立ち上げました。
音楽、科学、宇宙、そして人々を組み合わせたこのフェスティバルは、
アーティストと観客を、アンナの心の奥底にあるテーマである
芸術、人文主義、科学の探究という魔法の旅へと誘います」。
ある種の強い自然への愛が、
彼女の音楽家としての活動の核になっていることがうかがえますが、
田舎育ちを売りにするクラシック音楽家というのは
あんまり聞かないですし
そういう意味でも彼女は稀有な存在なのかもしれません。
また母は音楽家、美術史家で、父は電波物理学者だったので
そういうバックグラウンドも、
彼女の興味や関心と深いつながりがあるのかもしれない。
ただこれも推測に過ぎませんが
「筋金入りのナチュラリスト」という美名だけでなく
彼女の場合、ホントに野山を駆け回っていた少女時代を過ごしていた
そんな気がするのでした。。。
閑話休題
あと、ヤマハのピアノが良い音していますね。
CFXだと思いますが
ちょっと硬質な感じが、
演奏全体のムードを引き締めているような気がします。
10月にはアルバムがでます。
おそらく同じ録音じゃないかと思うのですが
シングルカットされたものは、もう配信されています。
期待してリリースを待ちたいと思います。
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