サロンとサラウンド ー「Composer’s intention」と「元音」

日記・雑記
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「モーツァルトの頃までの音楽体験というのは、演奏者と聴取者が混淆していたんですよ」

これは、この前、WOWOWのエクゼクティブ・クリエイターである、入交さんのお宅にお邪魔した際に、伺った話である。その時、彼は、「こういう録音についてはどう思われますか?」と言いながら、モーツァルトの室内楽をご自宅のマルチチャンネルシステムで再生してくれた。

それは、正面のCにピアノ、Lに第一バイオリン、Rに第二バイオリン、サラウンドのLにビオラ、Rにチェロ、という、「楽器に囲まれる」録音がされていた。

私は、「Tacetなんかで最初に聴いた時は違和感がありましたが、今はこれはこれでオーディオ再生でなければあり得ない音楽体験だな、と楽しむことができています」と答えた。すると、先のコメントが返ってきたのである。

確かに、中学の頃の音楽の教科書の記憶では、モーツァルトを紹介するページに挿絵があり、モーツァルトらしき人がピアノに向かっているのだが、その周りを、というかそのピアノに寄りかかって(笑)、貴族的な衣装(恐らく、貴族のサロンであろう)を着た人たちが取り囲んでいる構図を見たような気がする。

「このような録音方法をしたものを再生した時、楽器演奏経験のある方は違和感を感じないのだが、多くの普通の音楽愛好家は物凄い違和感を感じるようです。ただ、演奏者と聴取者を完全に分けて音楽演奏を楽しむようになったのは、ベートーベン登場後、<音楽>が大衆相手の<ビジネス>になってからなんです」

言われてみれば、モーツァルト以前の、例えば、ヘンデルでもバッハでも、教会で演奏されるオルガン曲以外は、「コンサートホール」なんていうのがあったわけではなく、王様の宮廷や貴族の屋敷のサロンで演奏されていたわけだ。そしてそのオーディエンスは、チケットを購入して来ているわけではなく、作曲家のパトロンが、その友人たちを招いていたわけで、当然、そこでの音楽はパーティーの余興であり、決して畏まって聴いていたはずもなく、歩き回りながら、飲み食いしながら、あるいは隣の友人とおしゃべりをしながら・・・そのような空間の中でヴィバルディの『四季』が演奏されていたのであろう。

ということは、ややしつこいが(笑)、「原音再生」を目指すオーディオマニアは、「元音」、つまり、その曲自体が最初に演奏された状態、をも目指さないのだろうか。非常に原理主義的な方(例えば、昔ながらの製法で作った酒しか飲まない、というタイプ=笑)なら、そう考えても不思議ではない。モーツァルトマニアの方の中には、初演当時に使われた楽器(いまでいう古楽器)を使った演奏にこだわる方は少なくないが、そこまでやるのなら、「当時の聴取位置=音楽の聴こえ方」も再現すべきだろう。

つまり、これもしつこいが(爆)、先に論じた「Listener’s intention」や、「Director’s intention」の前に、そもそも、「Composer’s intention」があるわけである。モーツァルトやヴィヴァルディは、「楽器の周りにオーディエンスがいることを前提」に作曲したのは間違いないわけで、そこまで立ち戻るのが<本当の>音楽愛好家である、と言えなくもないだろう。(どう考えても今のコンサートホールのような、音響効果を計算された大ホールで、何十メートルも離れたところに整然と座っているオーディエンスに対して自分の曲が演奏されることになろうとは、ヴィヴァルディは夢にも思わなかったはずである。モーツァルトの交響曲ですら、サロンで演奏されることを前提に作曲されているため、スコア内で指示されている各パートの楽器の数が、ホール時代の作曲家の交響曲より非常に少ないことはよく知られていることである。このため、サントリーホールのような大ホールでモーツァルトの交響曲を上演するときには、音量を確保するため、モーツァルトが指示した楽器の数以上の楽器を各パートに揃えることも少なくないと聞いたことがある。これなどComposer’s intentionの完全なる改変で、ご本人がこの世におられれば裁判沙汰になるほどのものであり(笑)、つまり間違いなく「邪道中の邪道」の形態なのだが、ということはその「再現」を目的とする現代のオーディオは、モーツァルトからみたら「元音の再生」どころか「邪道の再生産」か?=汗)

ということはである。室内楽をご自宅で開催できる、非常に裕福(この場合、自分で演奏されるのであれば、才能が、プロを招くのであれば資金が=笑)な方以外の「一般人」が、サロン時代の音楽を<正しく再現する唯一の方法>は、いうまでもなく(笑)、Surround、つまりスピーカーに取り囲まれたマルチチャンネルシステムしかないであろう。「サロン音楽」とは、畢竟、「サラウンド音楽」なのだから。

入交さんは、「これからはどんどん、このような録音をして行って、<本来のサロンミュージック>を、一般の人々にも味わってほしいと思っている。このように録音されたマルチのいいところは、実際に歩き回って聴くと、ビオラに近づけばビオラの音が、ピアノに近づけばビアノの音が大きく聴こえる、という、当時のサロンのオーディエンスと似たような音楽体験ができることです」と。

モーツァルト好きの私は、全く、同感である。今度、作曲家が意図したどおりの音楽を、貴族になった気分で歩きまわりながら聴こうっと(笑)。

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