マディソン郡の歌:『ナッシング・バット・グリーン・ウィロー』によせて

日記・雑記
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映画好きの方には、「マディソン郡」というと
C・イーストウッド監督作のあの映画が
思い起こされるかもしれません。
あの「マディソン郡」はアイオワ州であり
私が今日お話しするのはノースカロライナ州の西の端
アパラチア山脈に深く分け入った「マディソン郡」の方であります。。。

「1916年の夏の終わり、ヨーロッパでは戦争が激化していたが、
ノースカロライナ州西部の山々に囲まれたある村では、
2人のイギリス人旅行者が
サニーバンク・インと呼ばれる寄宿舎の応接間に座り、
経営者のジェーン・ヒックス・ジェントリー(1863~1925)がもてなした。
道の向こう側ではフレンチ・ブロード川が波打ち、
時折、癒しの泉で有名な人里離れた観光地へ荷物を運ぶ
馬の蹄の音が聞こえた。
しかし、外では何も起こることはなかった。
ジェントリーは毎日、目を閉じてうっとりと集中し、
ノースカロライナ西部で育ったときに覚えたバラードを歌った。」

あまりにもいい感じの語り出しなので、
ついつい長く引用してしまいましたが
マーティン・シンプソン&トム・ユッツ名義によるアルバム
『ナッシング・バット・グリーン・ウィロー
~ メアリー・サンズとジェーン・ジェントリーの歌』の
テッド・オルソンによるライナーノーツの冒頭部です。

この一節に登場する「2人のイギリス人旅行者」とは
当時のイギリスを代表する民俗学者セシル・シャープ(1859-1924)と
その助手モード・カーペレス(1885-1976)でした。
この一節における二人の旅の目的は、ジェーン・ジェントリーの歌う
英国の伝統的な語り歌であるバラードの採集記録でした。
「英国の風景から事実上姿を消した語り歌」
オルソンはこのバラードにそう注釈を加えているのですが
本国でさえ近代化の影響で、もう伝統的なバラードは
断片的にしか残っておらず
ある意味奇跡的な時空のタイミングで
アメリカの片田舎でひっそり歌い継がれていたのでした。
このことを聞いたシャープはマディソン郡への旅を決心します。
洪水による道路の荒廃により、
渓流をさかのぼっていくような行程を重ね
山の食事にも慣れない彼らは消耗しきって彼の地へ辿り着きます。
そしてそこで彼らが遭遇した音楽的な体験をよく表したのが
引用した冒頭の一節なのでした。
まさに彼らにとっては「桃源郷」だったのでしょう。

ただそのあまり彼らの視点は、
「アパラチアのアイデンティティを過度に単純化し、
この地域の多様な文化遺産を否定するものだった。」
(オルソンの指摘)
つまりマディソン郡で歌い継がれているフォークソングは
すべてイングランド起源のものであるとしてしまいました。
「アフリカン・アメリカンの歌やスピリチュアル、教則曲、
第一次世界大戦前のコマーシャル・ソングなど、
イギリスを直接源流としない重要な音楽表現を見落としたのである」
そうオルソンは説明しています。

さはありながら、この時機を逃していたら収集が
不可能になっていたかもしれない歌も多くあったことは疑い得ないので
彼らの業績は今日においても偉大なものであり続けています。
語弊を恐れず言えば、彼らの業績がなければ
ピート・シーガー、ボブ・ディランやジョーン・バエズは
音楽シーンに登場していなかったかもしれないわけで
ましてやフォーク・ロックなどというジャンルなど
成立していなかったでしょう。。。

ぜんぜんアルバムの内容に触れていませんでした。。。
シャープたちの業績は
『English Folk Songs from the Southern Appalachians』(1917)
にまとめられますが、ジェントリーの歌から記録されたものが40曲
マディソン郡で2番目に多くの情報を提供した
メアリー・ブルマン・サンズ(1872-1949)の歌が23曲ありました。
「シャープとカーペレスがアパラチアでの採集旅行中に出会った、
間違いなく最も影響力のある2人のバラッド・シンガー、
ジェントリーとサンズにまつわる重要なバラッド・レパートリーに
焦点を当てることで、その伝統を賢く探求している」
とは、オルソンの評であります。

またこのアルバムには多彩なミュージシャン、シンガーが参加しています。
そしてレコーディングも
イギリスで5曲、アメリカのナッシュビルで8曲録音されています。
熟練のプレイヤーたちによる演奏は
最初のランスルーから最終的なレコーディングまで
2時間以上かかった曲は1曲もない90%はライヴ録音なのだそうです。
聞いてみればわかりますが
とにかくうまいです!
そしてそれがこれ見よがしでなく、自然な佇まいなのが感動的です。
さらに興味のある方はオルソンのライナーノーツにも
ぜひ目を通してみてください。感動が深まります。

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